秩父織物

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秩父織物

布の種類別にみる着物買取:秩父織物

秩父エリアは山に囲まれて自給自足が難しく、古来より養蚕業が盛んな地域となっておりました。
江戸時代には養蚕を使用した絹織物が家内制手工業という少規模生産のかたちで多くの農家に普及していきました。
その背景を後押しするかたちでたくさんの市が立った上で絹の売買が行わることによって経済・流通の発展に繋がることになったのです。
江戸商人も集まって絹織物自体が秩父の代表的な特産物となったので、広範囲に渡る現金収入として隆盛を極めることになって各家庭を潤すことになって生活を支えました。
その後で絹織物組合が発足して生産方式に著しい進歩が進み、それまでの居座り機による製織が高機普及による絹織物を無地物から縞物として織ることが出来るようになりました。
当時の主流となっていた生糸は貴重な輸出商品に発展した為、秩父織物には輸出商品に合致しない玉糸を使用した着物作りが全盛となって秩父織物として栄えることになりました。
秩父の織物産業における特徴として小規模企業が数多く乱立する企業形態が取られており、近代産業における機械化の進捗によって織物工場が市内に500~600ヶ所にもなった上で、秩父人口の約7割が織物に携わったことになります。
そこで全盛を誇った秩父織物は着物買取業者の間でもかなりの高値で取引されるようになり、他の織物と比べてもなんら遜色のない国内を代表する着物として買取りされております。
元々は大正から昭和初期にかけて女性たちの実用着であり、おしゃれ着であることで全国的にも人気を博していることから、着物買取におけるパイオニア的存在として、着物買取相場にも影響する形で展開してまいりました。
そして秩父織物の代表的な染色技術としては裏表がないのが最大の特徴となっており、たとえ表が色あせても裏を使って仕立て直せば新品同様として利用することができる利点を併せ持っていたので大変な人気となりました。
当時の上記展開が着物買取における高値取引事情の斬新な理由付けとして展開しているのです。

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